2007年02月
2007年02月28日
北陸路
2月の最後の日に・・ 冬のブログを書きます。
北陸へ行ってきました。
小説に出てくるような厳しい風景・・
荒れ狂う日本海・・が見てみたくて
以前から楽しみにしていたのですが
今年は各地で雪乞いをするくらいの暖冬。
出発までは本当にひやひやしました。
でもこの通り^^
なんと前日から冬型のお天気になり
車窓からは
「これ!これなのよー」
という雪景色(大吹雪)を味わうことができました。
飛行機はもちろん大好きなのですが
駅弁食べ食べ、のんびりと駅を数えて目的地へ向うのもなかなかいいものです。
「加賀温泉駅」には巨大な観音様がありました。
せっかく立派な観音様なのに別口ホテルの看板がいっぱいでお気の毒でした(笑
『サンダーバード』は
和倉行きと富山行きが連結されていて
金沢で切り離されます。
未由の旅はいつもどこかヌケているのですが
やっぱり今回もそうでした。
途中まで富山行き車両に座っていて
もしアナウンスに気が付かなかったら富山へ行っちゃうところだったのです。
自由席ってこういう落とし穴があるのですね。
というか・・
「みどりの窓口」さん不親切ですよね、、
* * * * * * *
七尾駅に着きました。
ちょうど北陸へ出張していた相棒と待ち合わせです。
(偶然かなぁ・・電車節約かなぁ・・)
吹雪の中タクシーでホテルへ向いました。
頻繁に旅をしているとはいえ、いつも一人なのでリーズナブルなビジネスホテルです。
でも今回は久しぶりに温泉付のホテル
(フツーの人はそうですが)
宿泊も楽しみにしていました。
ホテルに到着です。
抹茶と和菓子を頂きながらしばらくロビーでのんびりしました。
お部屋の窓からは七尾湾が見えました。
雪はちらちら降っていましたが、車窓から見えたような厳しい雪景色は残念ながらもうありません。
いま思うと北陸へ向ったあの日が今年一番の雪だったらしく、本当に幸運だったと思います。
ホテル自慢の 「真珠風呂」です
だーれもいないので撮ってみました。
(タクシーのおじさんも言ってましたが今北陸はお客様がいない。)
3回お風呂に入ったけど
いつも一人ぼっち。
大浴場も露天風呂もです。
せっかくの貸切なので
色んな角度から弊裸体(注:後姿)の撮影を試みましたが
撮った写真を見てビックリ
たとえ後姿でも・・
湯気でボカシが入っても・・
ぜんぜん美味しそうじゃない
あきらめて足の先だけにしましたよぉ。
(その話はおいといて、、)
温泉はいいですね~ 長く入れば入るほどツルッツルになるような気がします。
* * * * * * *
部屋に戻ると相棒がマッサージ師さんを呼んでくれていました。
昔ながらの・・ ほら目の不自由な方の・・ ”あんまさん”っちゅー方たちです。
45分4500円なり~
それが・・ 気持ち良くって良くって・・5分で寝てしまったそうです。
4000円分は夢の中です。
* * * * * * *
次の日は小松駅で降り、松井秀喜ベースボールミュージーアムへ行きました。
To Be Continue・・・
北陸へ行ってきました。
小説に出てくるような厳しい風景・・
荒れ狂う日本海・・が見てみたくて
以前から楽しみにしていたのですが
今年は各地で雪乞いをするくらいの暖冬。
出発までは本当にひやひやしました。
でもこの通り^^
なんと前日から冬型のお天気になり
車窓からは
「これ!これなのよー」
という雪景色(大吹雪)を味わうことができました。
飛行機はもちろん大好きなのですが
駅弁食べ食べ、のんびりと駅を数えて目的地へ向うのもなかなかいいものです。
「加賀温泉駅」には巨大な観音様がありました。
せっかく立派な観音様なのに別口ホテルの看板がいっぱいでお気の毒でした(笑
『サンダーバード』は
和倉行きと富山行きが連結されていて
金沢で切り離されます。
未由の旅はいつもどこかヌケているのですが
やっぱり今回もそうでした。
途中まで富山行き車両に座っていて
もしアナウンスに気が付かなかったら富山へ行っちゃうところだったのです。
自由席ってこういう落とし穴があるのですね。
というか・・
「みどりの窓口」さん不親切ですよね、、
* * * * * * *
七尾駅に着きました。
ちょうど北陸へ出張していた相棒と待ち合わせです。
(偶然かなぁ・・電車節約かなぁ・・)
吹雪の中タクシーでホテルへ向いました。
頻繁に旅をしているとはいえ、いつも一人なのでリーズナブルなビジネスホテルです。
でも今回は久しぶりに温泉付のホテル
(フツーの人はそうですが)
宿泊も楽しみにしていました。
ホテルに到着です。
抹茶と和菓子を頂きながらしばらくロビーでのんびりしました。
お部屋の窓からは七尾湾が見えました。
雪はちらちら降っていましたが、車窓から見えたような厳しい雪景色は残念ながらもうありません。
いま思うと北陸へ向ったあの日が今年一番の雪だったらしく、本当に幸運だったと思います。
ホテル自慢の 「真珠風呂」です
だーれもいないので撮ってみました。
(タクシーのおじさんも言ってましたが今北陸はお客様がいない。)
3回お風呂に入ったけど
いつも一人ぼっち。
大浴場も露天風呂もです。
せっかくの貸切なので
色んな角度から弊裸体(注:後姿)の撮影を試みましたが
撮った写真を見てビックリ
たとえ後姿でも・・
湯気でボカシが入っても・・
ぜんぜん美味しそうじゃない
あきらめて足の先だけにしましたよぉ。
(その話はおいといて、、)
温泉はいいですね~ 長く入れば入るほどツルッツルになるような気がします。
* * * * * * *
部屋に戻ると相棒がマッサージ師さんを呼んでくれていました。
昔ながらの・・ ほら目の不自由な方の・・ ”あんまさん”っちゅー方たちです。
45分4500円なり~
それが・・ 気持ち良くって良くって・・5分で寝てしまったそうです。
4000円分は夢の中です。
* * * * * * *
次の日は小松駅で降り、松井秀喜ベースボールミュージーアムへ行きました。
To Be Continue・・・
2007年02月26日
飛鳥のクーデター
倭(やまと)は 国のまほろば
たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし
~倭建命(ヤマトタケルノミコト)~ 「古事記」
気性の激しさゆえに父親から疎まれてしまった倭建命が
西へ東へと対抗勢力の討伐を命じられ やっと倭へ帰ってきたとき
故郷を偲んで歌った歌です。
初めてココを訪れて以来、未由にとっても ”まほろば” となりました
飛鳥には小さな古墳が点々としています。
大男が泥ダンゴを投げてそこに草木が茂った・・って感じ。
右の写真は ちょうど畝傍山に突き当たったところです。
飛鳥寺 にやってきました。
596年に蘇我馬子が創建したといわれる
日本最古のお寺。
いまは” 安居院 ”と呼ばれています。
創建当時は東西200m、南北300m、
金堂と回廊がめぐらされた大寺院だったようですが
ごらんの通り
現在の建物は講堂だけを残して
ひっそりと佇んでいます。
とても手入れの行き届いた境内で
可愛い”模型のお庭”のようでした。
門をくぐって右手が講堂。
本尊 飛鳥大仏 が祀られています。
男前のお坊さん(お寺にはもったいない・・)にどうぞどうぞ,,と案内していただいて中へ入りました。
飛鳥大仏サマにご対面は感動の一瞬でした。(大仏好きなので、、)
初めての印象は・・・ うーーん・・
2度の災害と一時期雨ざらしにされていた時期もあってか つぎはぎだらけ・・
とても苦労をされたお顔なのです。色々と見守ってこられたんでしょうね
日本最古なんだし 鞍作止利(くらつくりのとり)だし 十分値打ちがありそうなのに
修復の状態が悪いということで国宝には指定されていないようです。
「 無事故(645)の世の中大化の改新 」
懐かしいですー
このお寺は 主役の~中大兄皇子 & 中臣鎌足~
が最初に出会ったといわれる場所。
入鹿の横暴にムカついていた(?)彼等は飛鳥寺の蹴鞠会で
出会い、意気投合し、
着々とクーデターの準備を進めていたのです。
蘇我氏滅亡の始まりが蘇我氏のお寺とは・・・
なんて皮肉なの。
お寺のすぐ横には入鹿の首塚がありました。当時は蘇我一族の立派なお屋敷が多くあったそうですが、
現在は田んぼの中にひっそりとしています。
向うに見えるのは 甘橿丘。そのころ蘇我蝦夷・入鹿の邸宅がありました。
クーデターのあと父親の蝦夷はしばらく篭城したようですが
あっというまに取り囲まれ 最後は邸宅に火をつけて自害したようです。
さてさて・・ どちらが悪かったのか分かりませんが
歴史を変えるドラマが行われた場所というのは何年経っても浪漫チックな空気を感じます。
そして・・・ 蘇我入鹿暗殺の舞台となったのはココ。 飛鳥板蓋宮跡 です。
この宮殿でブスっと首を切られ 飛鳥寺まで首が転がってきたそうです。
真ん中にある囲いは井戸の跡です。
井戸といえばお水。お水といえば水時計・・・ かなり強引ですが〈笑)
ちょうど甘樫丘の東に水時計がありました。
一日中水を測り、飛鳥の人々に時刻を知らせていたようで 本当にご苦労さまです
おまけ・・飛鳥水落遺跡
書いてるうちにまたまた行きたくなってきました。
今年は永遠のまほろば”ニューヨーク”へは行けそうにないので
飛鳥は 「この辺はどーだい^^?」 と、神さまがくれたもう一つのまほろばかしら(苦笑)
たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし
~倭建命(ヤマトタケルノミコト)~ 「古事記」
気性の激しさゆえに父親から疎まれてしまった倭建命が
西へ東へと対抗勢力の討伐を命じられ やっと倭へ帰ってきたとき
故郷を偲んで歌った歌です。
初めてココを訪れて以来、未由にとっても ”まほろば” となりました
飛鳥には小さな古墳が点々としています。
大男が泥ダンゴを投げてそこに草木が茂った・・って感じ。
右の写真は ちょうど畝傍山に突き当たったところです。
飛鳥寺 にやってきました。
596年に蘇我馬子が創建したといわれる
日本最古のお寺。
いまは” 安居院 ”と呼ばれています。
創建当時は東西200m、南北300m、
金堂と回廊がめぐらされた大寺院だったようですが
ごらんの通り
現在の建物は講堂だけを残して
ひっそりと佇んでいます。
とても手入れの行き届いた境内で
可愛い”模型のお庭”のようでした。
門をくぐって右手が講堂。
本尊 飛鳥大仏 が祀られています。
男前のお坊さん(お寺にはもったいない・・)にどうぞどうぞ,,と案内していただいて中へ入りました。
飛鳥大仏サマにご対面は感動の一瞬でした。(大仏好きなので、、)
初めての印象は・・・ うーーん・・
2度の災害と一時期雨ざらしにされていた時期もあってか つぎはぎだらけ・・
とても苦労をされたお顔なのです。色々と見守ってこられたんでしょうね
日本最古なんだし 鞍作止利(くらつくりのとり)だし 十分値打ちがありそうなのに
修復の状態が悪いということで国宝には指定されていないようです。
「 無事故(645)の世の中大化の改新 」
懐かしいですー
このお寺は 主役の~中大兄皇子 & 中臣鎌足~
が最初に出会ったといわれる場所。
入鹿の横暴にムカついていた(?)彼等は飛鳥寺の蹴鞠会で
出会い、意気投合し、
着々とクーデターの準備を進めていたのです。
蘇我氏滅亡の始まりが蘇我氏のお寺とは・・・
なんて皮肉なの。
お寺のすぐ横には入鹿の首塚がありました。当時は蘇我一族の立派なお屋敷が多くあったそうですが、
現在は田んぼの中にひっそりとしています。
向うに見えるのは 甘橿丘。そのころ蘇我蝦夷・入鹿の邸宅がありました。
クーデターのあと父親の蝦夷はしばらく篭城したようですが
あっというまに取り囲まれ 最後は邸宅に火をつけて自害したようです。
さてさて・・ どちらが悪かったのか分かりませんが
歴史を変えるドラマが行われた場所というのは何年経っても浪漫チックな空気を感じます。
そして・・・ 蘇我入鹿暗殺の舞台となったのはココ。 飛鳥板蓋宮跡 です。
この宮殿でブスっと首を切られ 飛鳥寺まで首が転がってきたそうです。
真ん中にある囲いは井戸の跡です。
井戸といえばお水。お水といえば水時計・・・ かなり強引ですが〈笑)
ちょうど甘樫丘の東に水時計がありました。
一日中水を測り、飛鳥の人々に時刻を知らせていたようで 本当にご苦労さまです
おまけ・・飛鳥水落遺跡
書いてるうちにまたまた行きたくなってきました。
今年は永遠のまほろば”ニューヨーク”へは行けそうにないので
飛鳥は 「この辺はどーだい^^?」 と、神さまがくれたもう一つのまほろばかしら(苦笑)
2007年02月17日
西大寺へ
またまた古の奈良の都を散策してきました。
大仏様が好き・・というか、妙に心に感じるものがあって、願い事があるとつい東大寺へ足が向いちゃうのですが・・
今回は初めて西大寺を訪れました。
東の”東大寺”といえば西の大寺”西大寺”
~ 東大寺西大寺 ~
そうだったんだ~!
今さらですが目からウロコが落ちたようで(笑
なんとなーく訪れた割には感動でした。
梅の花に鶯。
絵のような光景をみつけました
梅の花言葉は・・・
「高潔・忠義・澄んだ心 忠実・独立」
願いをかなえてくれる不思議な花として
昔から人々に愛されてきたそうですよ。
それにくらべ 桃の花言葉ったら・・
「あなたにくびったけ」ですって。
( フワフワ~笑
境内から西へ10分程歩いたところに奥の院がありました。
ココは良かった・・・ なんて適切ではないかもしれませんが他に表現が見つからないので。
でも本当に良かった。少し高台にあって境内を見守るように静かに佇んでいました。
再三の災難にあった西大寺の復興に当たられた”興正菩薩”の墓地・・といわれているのですが
たしかにお上人の尊命が感じられるような厳かな空気が漂っていました。
敷地の中心にある石造五輪塔はとても立派です。
西大寺への道中で立ち寄った
「平城宮跡」です
発掘調査の風景が見られました。向うに見える縦長の木々は柱の跡だそうです。
公園のように自由に歩けるので
今度来たときは
平城宮の想像図を片手に
ぶらぶら歩いてみたいなぁ
遠くの方にはあのお山も!
先日炎で真っ赤になってた若草山です。
まぁまぁ地肌が見えちゃって(笑)
あのお山が
一番春を待っているようですね
To be continue...
大仏様が好き・・というか、妙に心に感じるものがあって、願い事があるとつい東大寺へ足が向いちゃうのですが・・
今回は初めて西大寺を訪れました。
東の”東大寺”といえば西の大寺”西大寺”
~ 東大寺西大寺 ~
そうだったんだ~!
今さらですが目からウロコが落ちたようで(笑
なんとなーく訪れた割には感動でした。
梅の花に鶯。
絵のような光景をみつけました
梅の花言葉は・・・
「高潔・忠義・澄んだ心 忠実・独立」
願いをかなえてくれる不思議な花として
昔から人々に愛されてきたそうですよ。
それにくらべ 桃の花言葉ったら・・
「あなたにくびったけ」ですって。
( フワフワ~笑
境内から西へ10分程歩いたところに奥の院がありました。
ココは良かった・・・ なんて適切ではないかもしれませんが他に表現が見つからないので。
でも本当に良かった。少し高台にあって境内を見守るように静かに佇んでいました。
再三の災難にあった西大寺の復興に当たられた”興正菩薩”の墓地・・といわれているのですが
たしかにお上人の尊命が感じられるような厳かな空気が漂っていました。
敷地の中心にある石造五輪塔はとても立派です。
西大寺への道中で立ち寄った
「平城宮跡」です
発掘調査の風景が見られました。向うに見える縦長の木々は柱の跡だそうです。
公園のように自由に歩けるので
今度来たときは
平城宮の想像図を片手に
ぶらぶら歩いてみたいなぁ
遠くの方にはあのお山も!
先日炎で真っ赤になってた若草山です。
まぁまぁ地肌が見えちゃって(笑)
あのお山が
一番春を待っているようですね
To be continue...
2007年02月13日
今年になって3台目!?
です。 携帯オタクじゃありませんよ(笑
” 電話番号別着信音 " この機能はけっこう好きなのですが
問題の携帯は・・・
メールのたびに色んなが鳴るのです。
何度も設定をやり直しましたが、同じ送信主からの着信音が毎回違うのです。
思い切って携帯屋さんへ持って行きました。
最近、ぐうぜん同じクレームで来られたお客さんがいたらしく、その人は設定ミスだったのですが
未由のは携帯の不具合だと言われました。
とりあえず同じ機種の新品に変えていただき帰ってきました が
喜んでいた (一ヶ月使っていたので得した気分) のもつかの間
またまた同じ不具合が起こりました。
今度こそ設定ミスなのではと慎重にチェックしましたが
絶対ちがう~。どう考えても携帯がわるい~。
けっきょく2台目も不具合ということで
お気に入りになりつつあったD機種をあきらめ
(機能少ないけど キレイな形だった・・・
以前持っていたタイプにちょっと毛の生えたような携帯になってしまいました。
こんなクレームは初めてだそうです。
しかも2台続けてなんてね・・・
ま、色々あってやってきたせいか
すごーく可愛く思えますケド
” 電話番号別着信音 " この機能はけっこう好きなのですが
問題の携帯は・・・
メールのたびに色んなが鳴るのです。
何度も設定をやり直しましたが、同じ送信主からの着信音が毎回違うのです。
思い切って携帯屋さんへ持って行きました。
最近、ぐうぜん同じクレームで来られたお客さんがいたらしく、その人は設定ミスだったのですが
未由のは携帯の不具合だと言われました。
とりあえず同じ機種の新品に変えていただき帰ってきました が
喜んでいた (一ヶ月使っていたので得した気分) のもつかの間
またまた同じ不具合が起こりました。
今度こそ設定ミスなのではと慎重にチェックしましたが
絶対ちがう~。どう考えても携帯がわるい~。
けっきょく2台目も不具合ということで
お気に入りになりつつあったD機種をあきらめ
(機能少ないけど キレイな形だった・・・
以前持っていたタイプにちょっと毛の生えたような携帯になってしまいました。
こんなクレームは初めてだそうです。
しかも2台続けてなんてね・・・
ま、色々あってやってきたせいか
すごーく可愛く思えますケド